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にほんイデオロギーろん

日本イデオロギー論

戸坂 潤

――現代日本に於ける日本主義・ファシズム・自由主義・思想の批判

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 263,376 字 · 511 页

青空文庫

すると所謂「全体の立場」という一つの立場は実は高橋哲学ではあり得ないということにさえなる。

現実に於て人々が立脚する立場・立脚点はいつも相対的全体に止まっているのだから、「全体の立場」も実は絶対的には全体的な立場でなくてもいいのだというなら、本当に全体的な立場とは要するに、相対的な立場の進歩や発展という過程の揚句初めて出て来るわけで、この過程性を抜きにしては本当の全体性を云々することは出来ない筈だろう。全体性という範疇なり原理なりが、それ自身弁証法的なものなので、即ち弁証法的論理にかけて初めて使用出来るようになるものなので、それ自身だけで、部分や何かを相手にして、独立に論理となることは出来ない、ということが之で判るだろう。この点を見失うから、全体と部分との関係が、全体―部分―論理から云って「恐るべき問い」になって現われて来るので、実は全体と部分との関係は正に弁証法的論理の一使用に他ならないのだ。

氏の考えはH・コーエンの考え方によって琢磨され、之を批判することによって之を踏み越えて来ているが、そこで、コーエンの例の根源なるものは教授によれば本当の原理ではないというのである。