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つきのまつやま
月の松山
山本 周五郎
「キング」大日本雄辯會講談社、1954(昭和29)年8月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,451 字 · 41 页
彼は方丈に半刻ほどいただけで辞去した。
茂庭邸まで戻って来て、裏門のくぐりから入り、茶畑のあいだを歩いてゆきながら、孝也は池畔のほうで人の話し声のするのを聞きつけた。彼は立停って耳をすませた。それから、静かにそちらへ近づいていった。
「そうなんです、夜なかにです」と泰二郎が云っていた、「ときによるとひと晩じゅう聞えることもありました」
「そんなに苦しそうにですの」桂の声であった。
「ひどく苦しそうにです」泰二郎が云った、「私は疲れてうなされているのだと思っていたんですが、貴女のお話を聞いてみると」
孝也は「誰だ」と云いながら、亭のほうへ歩み寄った。二人ははじかれたようにお互いから離れた。
「こんな処でこんな時刻になにをしている」と孝也が云った、「誰だ」
闇夜であるが、側へ寄ればむろん人の見わけくらいはつく、泰二郎は吃った。孝也は二人の前へ来て立った。
「お嬢さん、――」と孝也は云った、「おまえ西秋だな、密会か」
桂がああといった。
泰二郎は桂を庇うように前へ出た。
「弁解か、云ってみろ」と孝也が云った、「お嬢さんは帰って下さい、お帰りなさい」
「待って下さい、ひとこと云わせて下さい」