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くわのきものがたり

桑の木物語

山本 周五郎

「キング」大日本雄辯會講談社、1949(昭和24)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,815 字 · 79 页

青空文庫

「いいわよ、拵えといたお肴みんな猫にやっちゃうから」

「猫がまっぴらだとさ」

「およしなさいったらねえいいかげんに、おみつは下へ来てお呉れ、煮物をみてて呉れなきゃあ困るよ」

そんな口諍いは番たびのことだが、もちろんすぐにからっと仲なおりができてしまう、二人が帰るときなどは外まで送って出て、「ちょっと待って、衿が曲ってるわ」などと悠二郎の着物のどこかしら、引いたり下げたり、なにかしなければ気が済まないらしい。

「信さんはきちんとなさるのに、どうして悠ちゃんはこう着かたが下手なんでしょう、ちょっとじっとして、だめよそんなに動いちゃあ」

「うるせえな、曲ってたっていいよ」

「よかあないわよ、ちょっと待ってよ、ここんとこ、あらいやだ、これ下から着なおさなくちゃだめだわ」

「なにょう云ってやんだい、あばよ」

しょうのないひとね、おみつは眉をひそめて、小走りに少し追って、正篤へは丁寧におじぎをしてあいそを云うのであった。

「どうぞまたおいで下さいまし、お待ち申しております」

舟仙の二階で遊んで帰るときはそのままだが、外へ出るときはたいてい職人の恰好であった。小梅から向島のほうもよく歩き、桑の実を取って庭番にみつかって息を限りに逃げた、あの生垣の側も通ってみた。