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さくらのみのじゅくするとき

桜の実の熟する時

島崎 藤村

「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页

青空文庫

矢張お父さんは国の方に居て欲しい。早く東京を引揚げあの年中榾火の燃える炉辺の方へ帰って行って老祖母さんやお母さんや兄夫婦やそれから正直な家僕などと一緒に居て欲しい。それがお父さんに対する偽りの無い自分の心であったことを思出した。後で国から出て来た姉の話に、余程自分の子供は嬉しがるかと思って上京したのに、案外で失望した、もう子供に逢いに行くことは懲りた、と言ってお父さんが嘆息して姉に話したということを思出した。「捨吉ばかりは俺の子だ。彼には俺の学問を継がせたい」とお父さんが生きている中によく姉に話したということを思出した。こうした記憶や、幼い時に見た人の顔や、何年もの間のことが一緒になって胸に浮んで来た。その日ほど捨吉は自分の幼い生涯を思出したこともなかった。

秋の日のひかりは岡の上にある校堂の建物の内に満ちた。翌朝になって捨吉が教室の方へ通って行って見ると、二十人ばかりの同級生の中に復た菅と足立の笑顔を見つけた。田辺の家の周囲にあったような若い人達の延びて行く勢は、さかんに競い合うようにしてそこにも溢れて来ていた。「フレッシ・マン」と呼ばれ、「ソホモル」