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さくらのみのじゅくするとき

桜の実の熟する時

島崎 藤村

「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页

青空文庫

お父さんを案内して小学校友達の家へ行った時に、途中でお父さんは蜜柑を買って、それを土産がわりとして普通に差出すことと思ったら、やがてお父さんは先方のお友達のお母さんからお盆を借り、その上に蜜柑を載せ、ツカツカと立って行って、それを仏壇に供えようとした時は、実にハラハラしたことを思出した。お父さんの逗留中には、旧尾州公という人の前へも連れられて行き、それから浅草辺のある飲食店へも連れられて行ってお父さんとは懇意なという地方出の主人や内儀さんに引合され、「こんなお子さんがお有んなさるの」と言ったそこの家の内儀さんからも多勢の女中からも可厭にジロジロ顔を見られたことを思出した。お父さんは又、自分の小学校をも見たいと言うから、あの河岸の赤煉瓦の建物の方へ案内して行くと、途中で河岸に石の転がったのを見つけ、子供の通う路にこういうものは危いと言って、それを往来の片隅に寄せたり、お堀の中へ捨てたりするような、そういう人であったことを思出した。お父さんの為る事、成す事は、正しい精神から出ていたには相違なかろうが、何んとなく人と異なったところが有って、傍で見ているとハラハラするようなことばかりで有ったことを思出した。