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さくらのみのじゅくするとき
桜の実の熟する時
島崎 藤村
「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页
何という汚れた書だろう。そう考えた彼は「一代女」を引割いて捨てた話をして、酷く足立には笑われた。それらのことが一緒に成って胸の中を往来した。
捨吉は人知れず自分の馬鹿らしい性質を羞じずにはいられなかった。何故というに神聖な旧約全書の中からなるべく猥褻な部分を拾ってさかんに読んで見た男もそういう自分だから……
舎監は部屋を出て行った。自修時間も終る頃だ。待構えていた下級の生徒等は一斉に寄宿舎を飛出した。広い運動場ではベース・ボールの練習も始まった。捨吉が菅と一緒に窓から外の廊下へ出ると、続いて一人の同級生も欄のところへ来て眺めた。遠慮勝ちに普通学部の生徒の側を通って郊外の空気を吸いに出る神学生も見える。豪い人達だと思った年長の青年で学校へ遊びに来た卒業生も見える。赤い着物を着せた子供の手を引きながら新築した図書館の建物の側を歩いて行く亜米利加人の教授の夫人も見える。
ふと繁子の名がめずらしく捨吉の耳に入った。しかも思いも寄らない同級生の口から。
「Bも駄目だよ、いくら豪傑を気取ったって――」
とその同級生が言った。Bとは三年ばかり前の卒業生の一人だ。