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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

02 第二部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 146,773 字 · 294 页

青空文庫

「どうじゃ、これなら文句なかろう。」

文句があるも、ないも、二人はどの絵を見ても同じ感じがするだけであった。で、返事をしないで、くすぐったそうに眼を見あわせた。すると、運平老は言った。

「蘭が一株、千仭の断崖に根をおろして匂っているのじゃ。よいかな、たった一株じゃぞ。その一株の下は深い谷じゃ。断崖をつとうて、すっと見おろすと、白い泡をふいて水が流れている。流れにそうて森もあれば、畑もある。どこかに小さな人影も見えていよう。その上を鳶が輪に舞っているかも知れん。いい景色じゃ……。」

運平老は、そこでちょっと言葉を切った。そしてまた何度もうなずいてから、

「今度は上を見るんじゃ。断崖は何十丈と上の方にものびている。じゃが、もうそこには一本の木も草もない。丸裸の岩がただ真青な天に食い入っているだけじゃ。白い雲が一ひらぐらいは浮いているかも知れんがの。どうじゃ、これもいい景色じゃろう。」

次郎には何のことやらさっぱりわからなかった。しかし、恭一が案外真剣な眼付をして絵に見入っているので、自分も仕方なしに、画面の天地の何も描いてない部分を、きょろきょろと見上げ見おろしていた。