轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
どろぼうとわかとの
泥棒と若殿
山本 周五郎
「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,601 字 · 41 页
六
男は言葉つきこそ対等であるが、そのほかのことは主人に仕える召使いのようだった。労働をして稼ぎ、煮炊きをして成信に喰べさせ、洗濯までするのである。――家臣に仕えられて育った成信すら、ときには済まないと思い、なぜこんなにして呉れるのかと、訝かしくなることもあった。
「おめえってひとはじつにふしぎだ」伝九郎は伝九郎でそんなことを云った、「おらあ生れてからこんな気持になったなあ初めてだが、おめえを見ているとへんに楽しいような、うれしいような、――こう、なんと云えばいいか、その、世のなかも案外いいもんだっていうような気持かな……ふしぎにそんな気持がするんだ」
「――これまではそうではなかったのか」
「そうでねえからこそ、泥棒にでもなっちめえてえ量見にもなったのよ、思いだしてもはらわたの煮えるような、ひでえめにばかりあって来たからな」
六
伝九郎はごくたまに、それもきわめて断片的に、自分の身の上ばなしをした。
生活の環境がちがうし、こまかい部分は話さないから、ごくあらましのことしかわからなかったが、ぜんたいとして、その過去はいたましいほど運が悪く、聞くほうでも暗然となるようなことが多かった。