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どろぼうとわかとの

泥棒と若殿

山本 周五郎

「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,601 字 · 41 页

青空文庫

しかし大殿も先大殿も、その苦しい困難な責任を果された。……気まま安楽に生きたいと思うまえに、自分の責任ということも考えなければならぬであろう。われわれ同志ばかりでなく、一藩をあげてあなたを待っている。みんな手をさしのべるおもいで待っているのである。――久左衛門はこう云って、涙でうるんだ眼でじっとこちらを見まもった。

「お帰り下さい、若殿、お願いでございます」

眼を伏せたまま成信はやや暫らく黙っていた。さっきからみると頬がこけ、眉のあたりに一種の気宇のあらわれがみえる、彼はやがて静かに顔をあげ、あるかなきかに頷ずきながら云った。

「――わかった、城へ帰ろう」

それが聞えたのだろう、前栽の脇につくばっていた四人の者達が、いっせいに芝の上へ手をつき、耐えかねた様に、啜り泣きの声をあげた。

「――伝九郎はおれにとっては、恩人ともいうべき者だ、ゆくすえをくれぐれも頼む」

「必らず御意どおりにつかまつります」

「――おれは明日ひとりで帰る、彼とひと夜なごりをおしみたい、今日はこれでひきとるように」

成信はかれらが去ってからも、ながいことそこに坐っていた。それから庭へ出てゆき、荒れはてた邸内をあちらこちら歩き廻った。