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りょうしのむすめ
漁師の娘
徳冨 蘆花
「家庭雑誌」1897(明治30)年1月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,592 字 · 23 页
何様此れは一行の主とでもいいそうな、たしかに華族の若殿様だ。年頃は二十四五、眉濃く眼きりりとした色白の美男子だ。浅葱天鵞絨の鳥打帽子を被って、卵色薄羅紗の猟装束を着て、弾帯をきりりとしめて、薄皮の行膝をはめて、胡坐をかきながら、パイプを軽くつまんでマニラを吹いて居る。うっかり見とれて居ると、其の殿様がふっと此方を向いたので、お光は狼狽えて此方へ向いて俯向いて櫓を押す拍子に、水に映った乱髪の姿が見えたので、さっと顔を赤めた。影も顔を赤めた。ふっと気づいて、片手は櫓を押しながら、片手は鬢をなでた。客はがやがや騒いで居る。吾事ではあるまいかと耳を傾けて見ると、何左様でもないが、何か胸騒ぎがして人に聞えはしまいかと思うように動悸がうつ。兎角して牛堀について、一行はどやどや上って行った。「美人御苦労だったね、此れは少しだが簪でも買いなさい」と、一人が紙に幾干か捻って渡したのを受取ったまま、お光は何か本意なさそうに跡見送って、ほっと溜息ついて、頓て棹を返そうとすると、舟の中に白いものが落ちて居る。拾って見れば、白絹のハンケチで、縁を紫で縫ったものだ。お光は何思ったかそっと頬を摩でて見て、懐にしまった。