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くるいだこ
狂い凧
梅崎 春生
「群像」講談社、1963(昭和38)年1月~5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,430 字 · 226 页
と言うより、意識に入れていなかった。もっぱら空や景色を眺めて歩いていたのである。
だからその女の存在に気付いたのは、折れた標識がそこに落下した瞬間からだ。私はすぐに斜面を降りて、その方に急ぎ足に近づいた。私がそこに着く前に、若い男と女が走り寄り(それまで彼等はどこにいたのか、どこを歩いていたのか、私は知らない)男はうつぶせに倒れた女をあおむけにしようと、しきりに手を働かしていた。アベックの若い女の方は、昂奮した眼色と声で、
「ナンバー、見た?」
「あんた。ナンバー、見た?」
私は黙っていた。私は標識が宙に飛ぶのに心をとられて、ナンバーを見る暇がなかったのだ。男もやはり昂奮していたのだろう。どもりながら、むしろ喜悦に満ちた声で、
「そ、それよりも、救急車を早く呼んで来い。早く。早く!」
事件が起きてまだ一分も経たぬのに、もう十人ばかりの人があつまり、また遠くからばらばらとかけて来る人影も見えた。その中の誰かが走って行って、電話に取りついたのだろう。やがて救急車がサイレンを鳴らしながら、舗装路をまっしぐらに近づいて来た。
女は失神したまま、救急車に運び込まれた。