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きつね
狐
山本 周五郎
「産報」1942(昭和17)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,471 字 · 17 页
知っている者も知らない者もただ妙な顔をした。新五郎はちから自慢で武ばった男だった、じぶんで寛永武士を気どっていて、口をあくと当世(享保年代)ぶりを軽侮するのが癖であった。父の代までは旗本の先手組だったが、かれが相続してから徒士になり、いまでは平の櫓番である。
「返辞のできないところをみると、みんな知っているんだな、だらしのないれんじゅうだ」新五郎はかたなをとって右手にさげながらあがって来た、そして、みんなのそばへ暴々しく坐り、えんりょもなくつづけさまに酒気を吐いた、「百姓か町人ならまだしも、岡崎武士ともあるものが妖怪とはなんだ、宮内、いつごろからそんなばかな評判がたったんだ」
「さあ、拙者は知らないが……」
「茂木は知ってるだろう」
「拙者もよくは知りません、そんなことをちょっと聞いたように思いますが」
「ふん、そろいもそろって歯痒いやつらだ」新五郎は軽侮に耐えぬという眼つきで、みんなの顔を見まわしながら鼻を鳴らせた。それから、かたなを抱いて仰向に寝ころび、「もし仮りにそんなことがあったとしても、組うちの事は組うちで始末をすべきじゃないか、おれはさっき二の丸番の岸田竜弥に聞いてやって来たんだ、こんなことがよその組へ知れるなんて本丸番ぜんたいの恥辱だぞ」