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ねこはち
猫八
岩野 泡鳴
「大阪毎日新聞」1918(大正7)年9月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,513 字 · 39 页
と言って、彼は皆に別れを告げた。が、今一つ自分としては言い残したことがあるので、足を一歩進めてつけ加えた、「それから、わたくしの畑はすぐそこの枳殻垣をお窺きになれば見えます。今は暗うございますから、よくはお見えにならないでしょうが、これからお茄子でも胡瓜でもずいぶんたくさんなります、家族だけではとても喰いきれないほどで――」
「………」
「では、皆さん、わたくしはこれで失礼いたします」
茄子や胡瓜のなるのを今から、もう待ってるらしい長屋のものらは、すべて寝静まっていた。そしてこの江戸屋猫八なる自分のお帰りに挨拶をしてくれたのは、近所の酒屋が飼ってる犬ばかりであった。が、今夜ほど謙遜な、そして人間らしい気持ちになってる時は自分でも珍らしいと思えた。
廃兵院は森道があまりに暗いので、電車通りから曲ってくる通行人のため、かねては自分の広告のために、自分の名を書き入れた瓦斯灯を立てさせてくれるように願いでてある。その許可が何だかむずかしそうだが、そんなことは、もう、どうでもよかった。誰れも無意義に自分の腹を痛めるものはないだけのことだ。
ふと自分のけちな根性で受けたこの宵越しの金が気にならないでもないが、何を買ってやろうにも子供は、もう、熟睡しているに違いない。