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しほんたいへいき

私本太平記(七)

吉川 英治

吉川英治『私本太平記(七)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:私本太平記、私本太平記、私本太平記。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 330,262 字 · 662 页

青空文庫

――だからそれに直面した敵は、菊水の旗と見れば、

「ぬかるな」

「計られるな」

「めったに出るな」

と、かたくなって、つねに手固い対陣になりやすかった。

御影の前哨戦から二日後、両軍ははやくもこの膠着陣形におちてしまった。いや、「菊水の旗も、鬼神の魔符ではあるまい。正成、何ほどのことやある」と、あえて吶喊をこころみた細川阿波守の弟頼春が、序戦をし損じ、自分もまた重傷を負って仆れてからの膠着だった。

ところが、どうしたのか。

菊水の旗は、一夜のうちに、どこへか見えなくなっていた。前線から後陣へまわされたふうなのである。――或る説では、河内へひきあげてしまったなどの噂すらあった。

しかしそれは事実でない。足利方の乱波の探りでは、三日にわたる膠着戦が因となって、正成と尊氏とのあいだには微妙な黙契があるらしい、とうたがわれ、両者は款を通じているものだ、との声が官軍内にぱっとさかんになったことが、その第一の原因らしいと、尊氏の床几へも、さっそくな秘報がきていた。

「そうか」

尊氏は、誰へも言っていない。じつは自分がやったことをである。

彼は正成をきらったのだ。正成とは戦いたくない。