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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

03 みなかみ帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 页

青空文庫

「はい」

「わしたちのことをか」

「もしや、と存ぜられますが」

「ど、どんな取沙汰を」

夜目だが、菊王の語気、ただの形相ではなかったようだ。

が、男は自己の善意にかたく拠って、それは人も善意で汲んでくれるものと、信じている口ぶりだった。

「さ……。その儀でございますが。ここは、さりげのうお別れした方がよいか、または、存ずる旨を、ありていにお告げ申した方が正しいだろうか、夫婦して、お身の上なども、思い迷うたのではございましたが」

「…………」

「しかし、行きずりの御縁と見すごし、万一にもお行き先にて、取返しのつかぬ厄にでもお遭いなされたら、てまえども夫婦は、生涯の悔いを心のそこに噛むことであろ。……妻もさように申しますし、てまえも、さこそと心が決まりましたので、俄に櫓を把って、かくはお跡を追うてまいった次第でございまする」

「ふうむ」

なんのために。また、何を知って。

もう菊王の一存では、返辞のかぎりでもないし、判断もつかなかった。彼のあいまいな唸きは、舟底で聞いているであろう俊基の意志を待つまでのつなぎだった。

「……菊王」

「はっ」

「悪意の者ではなさそうな」

「と、私も存じますが」