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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

03 みなかみ帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 页

青空文庫

裸の民と権力との抗争だ。

今日にかぎらず、この種の啀みあいとなると、いつも血をみるまでは熄まなかった。だから近国の地頭や六波羅でさえ、

散所一揆

といえば、事長びくも覚悟か、手を退くかだった。ただの一ぺんでも、法的な処理などつけえた例しはないのである。

まさに、今夜の形相は、それに近い――。

加うるに、道明寺川から駈けつけた六波羅兵は、おそらく探題直命の者どもだろう。捕吏、放免などの手ぬるさとは違って、殺到するやいな、

「下種ども、命はいらぬのか」

いきなり、矢を射浴びせて、

「かまわぬ。片っぱしから、虫ケラ塚としてしまえ」

と、まるで戦場へ立ち向うような勢いで、まず前衛の散所民から駈けちらしにかかった。

凄愴なおめきが応えた。無数な影が崩れ立つ。しかし、蜘蛛の子と逃げちるものも、すぐ捲き返して来ては、捕方の背後をつく手段に出たり、また、どこからともなく、石の雨を降らせて、敵に面を上げさせなかった。

「豊麻呂」

「弁ノ殿」

二人は、眸と眸で、ことば以上のものを、期しあった。

そこは出屋敷の役部屋だった。灯もなく、さしいる月の白さだけが、死の床を思わせる。