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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

03 みなかみ帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 页

青空文庫

「……だめだのう、もう」

「そんなことはありません。お心づよく、この豊麻呂をお頼みくださいまし」

「其許の心は信じているが」

いううちにも、ここの屋根にまで、ばらばら石の雨が降っていた。当然、それはすでに、出屋敷の構内へ、はや六波羅の手が混み入っていることを教えているものだった。

「……菊王も、頼春もまだ帰らず、捕吏どもは、わしを搦めぬうちはここを退くまい。さて、どうしたものか」

「いやいや、石川の父の太夫も、この御難儀を、坐視しているはずはありませぬ」

「月の空から、石が降る世の中だ。なかなか人の心もさだかでない」

「父の散所ノ太夫を、二心の者と、お疑いなされますか」

「ではないが、身に帯ぶる、みかどの綸旨が気がかりなのだ。身は、いかにともなれ、万一綸旨が六波羅の手になど渡らば、こたびこそは、正中ノ二の舞ぐらいな騒ぎでは事すまぬ」

「あっ。ここもはや」

豊麻呂は急に、彼の手をとって、外へ出た。

そして、駈け乱れる跫音のすきに、彼方の土倉の一つへ駈けた。俊基の身を、内へ隠して、彼自身は、倉の外に、太刀の鐺を反らして立った。

味噌倉か。塩カビの香のつよい闇が、べっとりと、肌にひたつく。