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わかきひのせっつのかみ
若き日の摂津守
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1958(昭和33)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,437 字 · 47 页
この大沼で捕れる鴨は、肥えているのと美味とで近国第一といわれ、毎年十二月には将軍家へ献上するし、その季節になると、鴨を喰べたいために、この城下へ廻り道をする諸侯も少なくない。また、幕府閣老にも、柚子味噌に漬けたのを贈ったりして、好評を得ている。というようなことであった。
なるほど鴨はうまかった。汁椀の中には、芹の鮮やかなみどりを添えて、脂ののった、軟らかい鴨の肉が三片。八寸には葱と焼いた肉が一片、どちらも滋味たっぷりで、――それは毒味などの作法があるため殆んど冷めていたが、――口の中いっぱいにうまさがひろがり、舌が溶けるかと思われるくらいであった。しかしそれだけであった。汁にした三片、焼いた一片、それだけで鴨は終りだった。ほかの者はもっと喰べたようだ、煎り煮しているいい匂いもしたが、光辰の膳に乗った鴨はそれだけであった。
光辰はもっと欲しかった。腹もまだすいていたので、箸を持ったまま、悲しそうに民部の顔を見た。すると向うで、重太夫が、「えへん」と咳をし、光辰を睨んだ。そのときおたきは、光辰がしおしおと箸を置き、口のまわりを拭きながら、べそをかくのを認めた。