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わかきひのせっつのかみ

若き日の摂津守

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1958(昭和33)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,437 字 · 47 页

青空文庫

年は光辰より一つ若く、十四歳のときから小小姓にあがって、ずっと側近に仕えたらしい。光辰の歿後に剃髪して泉阿弥となのり、終生、故君の墓守をしたと伝えられている。――そういう人物の記事なら、嘘や誇張はないだろう。実記にも、二十四五歳のころより、やや尋常の分別がつくようになった、と書き続けてあるが、それでもなお、正史にあるような称讃の辞句はみられないし、格別いちじるしい治績というものもあげてはいない。ただひとつ、光辰が家督相続をしたことについて、左のように同情した一条が眼をひいた。

――兄ぎみ源三郎(光央)さまには、奇矯のおふるまい多しとて廃嫡され、そのため世子に直られたのであるが、御知能おくれたまえるおん身には、重責のわずらいいかばかりかと、まことにおいたわしく思われた。

藩史の系譜

藩史の系譜は右図のようになっている。

ここに話す出来事のあったとき、静樹院と呼ばれる光和は五十四歳で隠居しており、光辰の兄である源三郎光央は、二十六になっていたが、十五歳のとき精神異常という理由で廃嫡され、江戸麻布の下屋敷にこもっていた。摂津守光辰は十歳で世子に直り、十七歳で松平信濃守の女を娶った。