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わかきひのせっつのかみ
若き日の摂津守
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1958(昭和33)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,437 字 · 47 页
五
それが事実だろうと思い、いたわしさと哀憐の情で胸がいっぱいになった。
三月になってまもなく、光辰は十人ばかりの供を伴れて遠乗りに出た。山道を越見岳の登り口まで往復する予定で、案内役は国許の物頭、渡辺半助と輿石藤七郎が勤めた。忍びだから常着に馬乗り袴で、塗笠も常のものをかぶった。片道が約五里、朝の八時に城を出て、ゆきは登りが多いから、目的地へ着くまでに馬を三度休ませた。越見岳の登り口に日枝権現の社がある、そこで弁当をつかい、半刻ほど休息して帰途についたが、道のほぼ半ばまで来たとき、光辰がふいに「鹿だ」と叫んだ。丘と丘にはさまれた森の中で、光辰は左手の森の奥を鞭でさしながら、馬に伸びあがった。
「鹿だ」と光辰は叫んだ、「あそこに鹿がいる、生きた鹿だ」
そして、颯とそっちへ馬を乗りいれた。
五
うしろで「殿」と叫ぶのが聞えた。殿、なりませんぞ、殿。だが光辰は馬に鞭を当てた。狭い杣道で、左右から木の枝が伸びており、光辰の塗笠や肩などをびしびしと打った。彼は道をそれて、木立のあいだへ馬首を向け、すばしこく樹間を縫いながら、鞭を当て当て疾駆していった。
光辰は鹿を見たのだ。