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きくちよしょう
菊千代抄
山本 周五郎
「週刊朝日春季増刊」朝日新聞社、1950(昭和25)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,178 字 · 72 页
「なにより公儀へもお届け致しますので、かようなことが漏れましては御家の大事にもなりかねませんのですから」
「――では若の相手にあがっていた者たちも知ってはいないのだね」
「それは申すまでもございません」
松尾はそこで思いだしたように云った。
「お忘れでございましょうか、いつぞや御別家の主税さまと、お屋敷をぬけて泳ぎにおいであそばしたことがございました」
「――うん、そんなことがあったね」
「主税さまがお誘いあそばしたそうですが、もし若さまが女であらっしゃるとご存じならば、よもや主税さまもお誘いはなさらなかったでございましょう」
そのときのことを菊千代はありありと思いだした。そうだ、主税は自分に早く裸になれと云ったが、その態度にはごくしぜんで、好奇心めいたものはなにもなかった。宗家別家の関係にある主税でさえ知ってはいなかったのだ。かれらが自分を男だと信じていたことはまちがいがないだろう、但し例外はある。……六歳の年の夏、池へはいって魚を追いまわしていたとき、
――若さまの……はこわれている。
こう叫んだ子がいた。その日のうちに屋敷から逐われたが、あの子は知っているかもしれない。