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きくちよしょう
菊千代抄
山本 周五郎
「週刊朝日春季増刊」朝日新聞社、1950(昭和25)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,178 字 · 72 页
田でも畑でも、薪伐りにゆくにも必ず三人いっしょだった。……休む暇のない、そのうえ慣れない労働と、貧窮した暮しのために疲れきったふうである。恋仲などというなまめいた話とは縁の遠い姿であった。かれらがいっしょにいるのを見るたびに、巣を逐われた雀の親子が、身を寄せあってじっと寒さを凌いでいるように思え、菊千代はひそかにこう呟いたものだ。
――あの二人は自分たちの恋を悔んでいるのではないだろうか、自分たちの恋のためにお互いを憎むようなことはないだろうか。
その年の秋の或る日。それは稲刈りの時期のことであるが、菊千代がかれらの田の近くを歩いていたとき、竹次といくとが激しくいい諍っているのを見た……菊千代は独りで、森から丘へぬけて、知らない山道を下りて来ると、偶然かれらの田の脇へ出たのである。
――竹次といくだ。
二人の高い声と姿を見てすぐに気がつき、われ知らず道傍の灌木の茂みへ身を隠した。田は道から一段低いので、夫婦の側で正太が泣いているのも見えた。
「あんたは病人じゃないの、病気のときくらいあたしがしたっていいじゃないの、あたしがいくらばかだってもう稲刈りぐらいできますよ」