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きくちよしょう

菊千代抄

山本 周五郎

「週刊朝日春季増刊」朝日新聞社、1950(昭和25)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,178 字 · 72 页

青空文庫

十

世捨て人になるつもりで来たのだ。父もそれを知っていた筈なのに、いまさらなぜこんなことをいうのか。そういう気持であった。

「伴れて来た五人はそれぞれ芸達者だ、なかでも葦屋と申すのが気はしもきくし、またいろいろ世間も知っているので相手には面白いであろう、まず、ともかくも披露させよう」

それから酒宴になった。

腰元たちは美しく化粧して、着飾って、琴、三味線、笛、鼓などそれぞれの芸をみせ、唄もうたい踊もおどった。葦屋というのはもう二十二三であろう、小柄のきりっと緊ったからだつきで顔かたちもよく、立ち居の動作もきびきびしていた。得意なのは鼓らしいが、琴も笛も巧みである。そしてほかの四人を自在に指揮して、酒宴の席を絶えず飽かせないように、ゆき届いた心くばりをみせた。

嵩間に訴訟があって来たので、暇がないからと云いわけのように断わって、父は一夜だけ泊ると帰っていった。

十

腰元たちが来て二十日あまりは、慥かに身のまわりが華やいで、賑やかでもあるし気がまぎれた。父によくいいつけられたとみえ、葦屋はほとんど付ききりだった。性分もよほど敏感なのだろう、絶えず側にいて、菊千代の望むことはたいてい先へ先へとまわってした。