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なおこ

菜穂子

堀 辰雄

楡の家 第一部「物語の女」山本書店、1934(昭和9)年11月<br> 楡の家 第二部「文学界」1941(昭和16)年9月号<br> 菜穂子「中央公論」1941(昭和16)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,758 字 · 173 页

青空文庫

……そのときふとこういう気が私にされてきた。実はそういう人達――いわば純粋な第三者の目に最も生き生きと映っているだろう恐らくは為合わせな奥様としての私だけがこの世に実在しているので、何かと絶えず生の不安に怯やかされている私のもう一つの姿は、私が自分勝手に作り上げている架空の姿に過ぎないのではないか。……きょうおようさんを見たときから、私にそんな考えが萌して来だしていたのだと見える。おようさんにはおようさん自身がどんな姿で感ぜられているか知らない。しかし私にはおようさんは勝気な性分で、自分の背負っている運命なんぞは何んでもないと思っているような人に見える。恐らくは誰の目にもそうと見えるにちがいない。そんな風に誰の目にもはっきりそうと見えるその人の姿だけがこの世に実在しているのではないか。そうすると、私だってもそれは人生半ばにして夫に死別し、その後は多少寂しい生涯だったが、ともかくも二人の子供を立派に育て上げた堅実な寡婦、――それだけが私の本来の姿で、そのほかの姿、殊に此の手帳に描かれてあるような私の悲劇的な姿なんぞはほんの気まぐれな仮象にしか過ぎないのだ。