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なおこ

菜穂子

堀 辰雄

楡の家 第一部「物語の女」山本書店、1934(昭和9)年11月<br> 楡の家 第二部「文学界」1941(昭和16)年9月号<br> 菜穂子「中央公論」1941(昭和16)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,758 字 · 173 页

青空文庫

一

……

菜穂子

一

「やっぱり菜穂子さんだ。」思わず都築明は立ち止りながら、ふり返った。

すれちがうまでは菜穂子さんのようでもあり、そうでないようにも思えたりして、彼は考えていたが、すれちがったとき急にもうどうしても菜穂子さんだという気がした。

明は暫く目まぐるしい往来の中に立ち止った儘、もうかなり行き過ぎてしまった白い毛の外套を着た一人の女とその連れの夫らしい姿を見送っていた。そのうちに突然、その女の方でも、今すれちがったのは誰だか知った人のようだったと漸っと気づいたかのように、彼の方をふり向いたようだった。夫も、それに釣られたように、こっちをちょいとふり向いた。その途端、通行人の一人が明に肩をぶつけ、空けたように佇んでいた背の高い彼を思わずよろめかした。

明がそれから漸っと立ち直ったときは、もうさっきの二人は人込みの中に姿を消していた。

何年ぶりかで見た菜穂子は、何か目に立って憔悴していた。白い毛の外套に身を包んで、並んで歩いている彼女よりも背の低い夫には無頓著そうに、考え事でもしているように、真直を見たままで足早に歩いていた。一度夫が何か彼女に話しかけたようだったが、それは彼女にちらりと蔑むような頬笑みを浮べさせただけだった。