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なおこ

菜穂子

堀 辰雄

楡の家 第一部「物語の女」山本書店、1934(昭和9)年11月<br> 楡の家 第二部「文学界」1941(昭和16)年9月号<br> 菜穂子「中央公論」1941(昭和16)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,758 字 · 173 页

青空文庫

から今までの快活な少女を急に抜け出させてしまった事には少しも気がつかなかった。そして明が漸っとそう云う菜穂子の変化に気づいたときは、彼女は既に彼からは殆ど手の届かないようなところに行ってしまっていた。この勝気な少女は、その間じゅう、一人で誰にも打ち明けられぬ苦しみを苦しみ抜いて、その挙句もう元通りの少女ではなくなっていたのだった。

その前後からして、彼の赫かしかった少年の日々は急に陰り出していた。……

或日、所長が事務所の戸を開けて入って来た。

「都築君。」

と所長は明の傍にも近づいて来た。明の沈鬱な顔つきがその人を驚かせたらしかった。

「君は青い顔をしている。何処か悪いんじゃないか?」

「いいえ別に」と明は何だか気まりの悪そうな様子で答えた。前にはもっと入念に為事をしていたではないか、どうしてこう熱意が無くなったのだ、と所長の眼が尋ねているように彼には見えた。

「無理をして身体を毀してはつまらん」しかし所長は思いの外の事を云った。

「一月でも二月でも、休暇を上げるから田舎へ行って来てはどうだ?」

「実はそれよりも――」と明は少し云いにくそうに云いかけたが、急に彼独特の人懐そうな笑顔に紛らわせた。