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なおこ

菜穂子

堀 辰雄

楡の家 第一部「物語の女」山本書店、1934(昭和9)年11月<br> 楡の家 第二部「文学界」1941(昭和16)年9月号<br> 菜穂子「中央公論」1941(昭和16)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,758 字 · 173 页

青空文庫

明と菜穂子とはよくテニスをしに行ったり、自転車に乗って遠乗りをして来たりした。が、その頃から既に、本能的に夢を見ようとする少年と、反対にそれから目醒めようとする少女とが、その村を舞台にして、互に見えつ隠れつしながら真剣に鬼ごっこをしていたのだった。そしていつもその鬼ごっこから置きざりにされるのは少年の方であった。……

或夏の日の事、有名な作家の森於菟彦が突然彼等の前に姿を現わした。高原の避暑地として知られた隣村のMホテルに暫く保養に来ていたのだった。三村夫人は偶然そのホテルで、旧知の彼に出会って、つい長い間よもやまの話をし合った。それから二三日してから、O村へのおりからの夕立を冒しての彼の訪れ、養蚕をしている村への菜穂子や明を交じえての雨後の散歩、村はずれでの愉しいほど期待に充ちた分かれ――、それだけの出会が、既に人生に疲弊したようなこの孤独な作家を急に若返らせでもさせたような、異様な亢奮を与えずにはおかなかったように見えた。……

翌年の夏もまた、隣村のホテルに保養に来ていたこの孤独な作家は不意にO村へも訪ねて来たりした。その頃から、三村夫人が彼女のまわりに拡げ出していた一種の悲劇的な雰囲気は、何か理由がわからないなりにも明の好奇心を惹いて、それを夫人の方へばかり向けさせていた間、彼はそれと同じ影響が菜穂子