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なおこ

菜穂子

堀 辰雄

楡の家 第一部「物語の女」山本書店、1934(昭和9)年11月<br> 楡の家 第二部「文学界」1941(昭和16)年9月号<br> 菜穂子「中央公論」1941(昭和16)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,758 字 · 173 页

青空文庫

彼女は自分の意外な廻り合わせについて反省するために、どんなにかこう云う一人になりたかったろう。何処から来ているのか自分自身にも分らない不思議な絶望に自分の心を任せ切って気のすむまでじっとしていられるような場所を求めるための、昨日までの何んという渇望、――それが今すべてかなえられようとしている。彼女はもう今は何もかも気ままにして、無理に聞いたり、笑ったりせずともいいのだ。彼女は自分の顔を装ったり、自分の眼つきを気にしたりする心配がもうないのだ。

ああ、このような孤独のただ中での彼女のふしぎな蘇生。――彼女はこう云う種類の孤独であるならばそれをどんなに好きだったか。彼女が云い知れぬ孤独感に心をしめつけられるような気のしていたのは、一家団欒のもなか、母や夫たちの傍であった。いま、山の療養所に、こうして一人きりでいなければならない彼女は、此処ではじめて生の愉しさに近いものを味っていた。生の愉しさ? それは単に病気そのもののけだるさ、そのために生じるすべての瑣事に対する無関心のさせる業だろうか。或は抑制せられた生に抗して病気の勝手に生み出す一種の幻覚に過ぎないのだろうか。