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むし
虫
江戸川 乱歩
一~四「改造 第十一卷第六號 六月號」改造社、1929(昭和4)年6月1日<br>五~十二「改造 第十一卷第七號 七月號」改造社、1929(昭和4)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,053 字 · 86 页
「そんな子がいたかなあ。だが、僕は君みたいに早熟でなかったから」
彼はてれ隠しに、こんなことを云った。だが、幸なことに、部屋が薄暗かったせいか、相手は、彼の赤面には気づかぬらしく、やや不服な調子で、
「いや、知らない筈はないよ。学校中で評判の美少女だったから。久しく君と芝居を見ないが、どうだい、近い内に一度木下芙蓉を見ようじゃないか。幼顔そのままだから、君だって見れば思い出すに違いないよ」
と、如何にも木下芙蓉との親交が得意らしいのである。
芙蓉の芸名では知らなかったけれど、云うまでもなく、柾木愛造は、木下文子の幼顔を記憶していた。彼女については、彼が赤面したのも決して無理ではない程の実に恥しい思出があったのである。
彼の少年時代は、先にも述べた通り、極度に内気な、はにかみ屋の子供であったけれど、彼の云う様に早熟でなかった訳でなく、同じ学校の女生徒に、幼いあこがれを抱くことも人一倍であった。そして、彼が四年級の時分から、当時の高等小学の三年級までも、ひそかに思いこがれた女生徒というのが、外ならぬ木下文子だったのである。と云っても、例えば池内光太郎の様に、彼女の通学の途中を擁して、お下げのリボンを引きちぎり、彼女の美しい泣き顔を楽しむなどと云う、すばらしい芸当は、思いも及ばなかったので、風を引いて学校を休ん