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むし
虫
江戸川 乱歩
一~四「改造 第十一卷第六號 六月號」改造社、1929(昭和4)年6月1日<br>五~十二「改造 第十一卷第七號 七月號」改造社、1929(昭和4)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,053 字 · 86 页
三
三
それ以来、世間に知られている所では、柾木愛造が木下芙蓉を殺害したまでの、半年ばかりの間に、この二人はたった三度(しかも最初の一ヶ月の間に三度丈け)しか会っていない。つまり、芙蓉殺害事件は、彼等が最後に会った日から、五ヶ月もの間を置いて、彼等がお互の存在を已に忘れてしまったと思われる時分に、誠に突然に起ったものである。これは何となく信じ難い、変てこな事実であった。空漠たる五ヶ月間が、犯罪動機と犯罪そのものとの連鎖を、ブッツリ断ち切っていた。それなればこそ、柾木愛造は、兇行後、あんなにも長い間、警察の目を逃れていることが出来たのである。
だが、これは顕われたる事実でしかなかった。実際は、彼は、いとも奇怪なる方法によってではあったが、その五ヶ月の間も、五日に一度位の割合で、繁々と芙蓉に会っていた。そして、彼の殺意は、彼にとっては誠に自然な経路を踏んで、成長して行ったのである。
木下芙蓉は彼の幼い初恋の女であった。彼のフェティシズムが、彼女の持物を神と祭った程の相手であった。しかも、十幾年ぶりの再会で、彼は彼女のくらめくばかり妖艶な舞台姿を見せつけられたのである。