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むし
虫
江戸川 乱歩
一~四「改造 第十一卷第六號 六月號」改造社、1929(昭和4)年6月1日<br>五~十二「改造 第十一卷第七號 七月號」改造社、1929(昭和4)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,053 字 · 86 页
六
だが、彼のこの人でなしな所業は、恥と苦痛の半面に、奇怪な快感を伴っていたとは云え、それは、日一日と、気も狂わんばかりに、彼をいらだたせ、悩ましこそすれ、決して彼を満足させることはなかった。襖一重の声を聞き、眼前一尺の姿を見ながら、彼と芙蓉との間には、無限の隔りがあった。彼女の身体はそこにありながら、掴むことも、抱くことも、触れることさえ、全く不可能であった。しかも、彼にとっては永遠に不可能な事柄を、池内光太郎は、彼の眼前で、さも無雑作に、自由自在に振舞っているのだ。柾木愛造が、この世の常ならぬ、無残な苛責に耐えかねて、遂にあの恐ろしい考を抱くに至ったのは、誠に無理もないことであった。それは実に、途方もない、気違いめいた手段ではあった。だが、それがたった一つ残された手段でもあったのだ。それを外にしては、彼は永遠に、彼の恋を成就する術はなかったのである。
六
彼が尾行や立聞きを始めてから一月ばかり立った時、悪魔が彼の耳元に、ある不気味な思いつきを囁き始めたのであったが、彼はいつとなく、その甘い囁きに引入れられて行って、半月程の間に、とうとうそれを、思い帰す余地のない実際的な計画として、決心するまでになってしまった。