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むし

虫

江戸川 乱歩

一~四「改造 第十一卷第六號 六月號」改造社、1929(昭和4)年6月1日<br>五~十二「改造 第十一卷第七號 七月號」改造社、1929(昭和4)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,053 字 · 86 页

青空文庫

「エエ」

と答えて、彼女はまじまじした。

「柾木さん。僕の友達。いつか噂をしたことがあったでしょう。僕の小学校の同級生で、君を大変好きだった人なんです」

「マア、私、思い出しましたわ。覚えてますわ。やっぱり幼顔って、残っているものでございますわね。柾木さん、本当にお久しぶりでございました。わたくし、変りましたでしょう」

そう云って、叮嚀なおじぎをした時の、文子の巧みな嬌羞を、柾木はいつまでも忘れることが出来なかった。

「学校中での秀才でいらっしゃいましたのを、私、覚えておりますわ、池内さんは、よくいじめられたり、泣かされたりしたので覚えてますし」

彼女がそんなことを云い出した時分には、柾木はもう、すっかり圧倒された気持であった。池内すら彼女の敵ではない様に見えた。

小学校時代の思出話が劇談に移って行った。池内は酒を飲んで、雄弁に彼の劇通を披瀝した。彼の議論は誠に雄弁であり、気が利いてもいたが、併し、それはやっぱり、彼の哲学論と同じに、少しばかり上辷りであることを免れなかった。木下芙蓉も、少し酔って、要所要所で柾木の方に目まぜをしながら、池内の議論を反駁したりした。