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むし
虫
江戸川 乱歩
一~四「改造 第十一卷第六號 六月號」改造社、1929(昭和4)年6月1日<br>五~十二「改造 第十一卷第七號 七月號」改造社、1929(昭和4)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,053 字 · 86 页
彼女にも、劇論では、柾木の方が(通ではなかったけれど)本物でもあり、深くもあることが分った様子で、池内には揶揄をむくいながら、彼には教えを受ける態度を取った。お人よしの柾木は、彼女の意外な好意が嬉しくて、いつになく多弁に喋った。彼の物の云い方は、芙蓉には少し難し過ぎる部分が多かったけれど、彼の議論に油がのってきた時には、彼女はじっと話手の目を見つめて、讃嘆に近い表情をさえ示しながら、彼の話に聞き入るのであった。
「これを御縁に、御ひいきを御願いしますわ。そして、時々、教えて頂き度いと思いますわ」
別れる時に、芙蓉は真面目な調子で、そんなことを云った。それが満更ら御世辞でない様に見えたのである。
池内にあてられることであろうと、いささか迷惑に思っていたこの会合が、案外にも、却って池内の方で嫉妬を感じなければならない様な結果となった。芙蓉が女優稼業にも似げなく、どこか古風な思索的な傾向を持っていたことは、寧ろ意外で、彼女が一層好もしいものに思われた。柾木は帰りの電車の中で、「学校中でも秀才でいらっしゃいましたのを、私、覚えて居りますわ」と云った彼女の言葉を、子供らしく、心の内で繰返していた。