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むし
虫
江戸川 乱歩
一~四「改造 第十一卷第六號 六月號」改造社、1929(昭和4)年6月1日<br>五~十二「改造 第十一卷第七號 七月號」改造社、1929(昭和4)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,053 字 · 86 页
すると、そこにはやっぱり婆やが立っていて、「旦那様、池内様がお出でなさいました」と告げた。彼は池内と聞いてホッとしたが、次の瞬間、「アア、奴めとうとう俺を疑い始め、様子をさぐりに来たんだな」と考えた。「いると云ったのかい」と聞くと、婆やは悪かったのかとオドオドして「ハイ、そう申しましたが」と答えた。彼は咄嗟に心をきめて「構わないから、探して見たけれどいないから、多分知らぬ間に外出したのだろうと云って、返して下さい。それからね。当分誰が来ても、僕はいない様に云って置くのだよ」と命じて、そのまま扉を締めた。
だが、時がたつに従って、池内に会わなかったことが、悔まれて来た。勇気を出して会いさえすれば、一か八か様子が分って、却って気持が落ちついたであろうに、なまじ逃げた為に、池内の心をはかり兼ねて、いつまでも不安が残った。静かな土蔵の二階で、黙りこくった死骸を前にして、じっと考えていると、その不安がジリジリとお化けの様に大きくなり、身動きも出来ない程の恐怖に襲われて来、彼はその恐怖を打消す為め丈けにも、居続けの遊蕩児の様な、焼けくそな気持で、ギラギラと毒々しい着色死体を物狂おしく愛撫した。