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しじみだに
蜆谷
山本 周五郎
「新読物」公友社 、1947(昭和22)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,957 字 · 28 页
ずいぶん飢は激しかったが、三杯たべるともう喉に通らなかった、そしてともかくも温まり空腹感がおさまると、こんどは二日三夜の疲労がいっぺんにでて、どうにも起きていられなくなり、納戸へはいって倒れるように横になった。「家に帰ったよ、又二郎」彼は手にあたる夜具にくるまりながら、死んだ友達にこう呼びかけた、「これからどうなるかわからない、けれどともかく蜆谷の流れの音を聞き、自分の家の納戸で寝ることができる、おまえが生きていて一緒に帰ったんだったらなあ」
死んだように熟睡していた彼は、ああというするどい叫び声ではね起きた。ながいあいだの落人ぐらしで、意識より肉体のほうが危険を先に感ずる。反射的にはね起きてから、彼はようやく眼をあいた。襖をあけて、そこに母が立っていた……髪はほおけた芦の花のように灰色だった、腰は曲がっていた、だらっと抜けたように垂れている手は、まるで枯木の枝のようにやせていた、けれどもそれは母に違いなかった、おっ母さんと呼ぶ彼の声を聞いて、母親はひいという風な、喉を絞るような叫びをあげ、両手で顔をおおいながらそこへひとつくねのぼろのように倒れた。