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しじみだに

蜆谷

山本 周五郎

「新読物」公友社 、1947(昭和22)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,957 字 · 28 页

青空文庫

厨口から燈火の光がちらちらと見え、人の声が聞こえたから……家には母親のげんと妻のお直しかいないはずだ、しかしいまそこから聞こえてくるのはどちらの声でもなかった。彼は耳をすまして、誰の声か聞きとろうとした。すると燈火がふと消え、はなしごえが絶えて、表から誰か出て行くようすだった。彼はすばやく背戸へかけ寄り中のけはいをうかがってから「おっ母さん」と低く二ど呼んだ。答えはなかった。それで裏戸を明けてとびこみ、すぐあとを閉めながらもういちど呼んだ。しんとした家の中には誰のいるようすもない、草鞋をぬいであがってみた、炉の残り火に鍋がつってある、けれども母も妻もいなかった。……ではいま出ていったのが母とお直だろう、彼は炉にかけてある鍋の蓋を取ってみた、粥のようである。膳戸納をあけて椀と箸をとりだすと、ふるえる手で粥をつけた、まるでとびつくようにひと箸ふた箸たべかけたが、あまり舌ざわりが変なので、よく見るとそれは稗であった。かきまわしてみたが一粒の米もない、まったく稗ばかりの粥なのだ。

「そうか」弥之助はそう呟やいた、「こんな苦労していたのか、あのおっ母さんが稗だけの粥をたべるなんて……」