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エタにたいするあっぱくのえんかく
被差別部落とは何か
喜田 貞吉
喜田貞吉『被差別部落とは何か』。同一底本的分册已合并为一书。收入:エタに対する圧迫の沿革、特殊部落の成立沿革を略叙してその解放に及ぶ、特殊部落の人口増殖、特殊部落の言語、特殊部落と通婚問題、特殊部落と寺院、特殊部落と細民部落・密集部落、沙門と屠児、来り人の地位と職業、遠州地方の足洗、エタと非人と普通人、エタ源流考、「特殊部落研究号」発行の辞、「特殊部落」と云う名称について、『切支丹と旧エタ』について、「エタ」名義考、編輯雑感。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,169 字 · 267 页
今日では一般世人が肉食をなし、身分ある人が皮革業を行って怪しまず、神もあえてこれを忌み給わぬ事実が証明せられているのでありますから、彼らがもと区別された原因は全く除去せられているのであります。しかるにもかかわらずなおこの区別撤廃の出来ないのは、彼らの実質内容如何によることも多かろうと存じます。したがって目下の必要は、彼らの実質の改善にある。世間の進歩に後れ、距離がだんだん遠ざかる様では、いかに理論が徹底しても、融和の理想的実現はむつかしい。
大体古くから賤民の解放さるるに至った歴史を見るに、必ず実力の充実とその機会とがある。徳川太平の世には、この機会というものが少かった。したがって圧迫が次第に加わり、堕落の程度は次第にひどくなって、もと実力のあったものまでがその渦中に巻き込まれてしまうの状態となった。言わば献身的に身をその部落に投じて教化に従事した穢多寺の住職や、浮浪民の世話をした悲田院の年寄や、外から穢多を監督した穢多村の或る年寄等までが、これを世襲していたが為に、みなその仲間にされてしまった。御本山までが殉教者の子孫たる穢多寺の住職を疎外したなどは、相済まぬ次第と存じますが、それが避けがたい時勢というものでありました。