轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

エタにたいするあっぱくのえんかく

被差別部落とは何か

喜田 貞吉

喜田貞吉『被差別部落とは何か』。同一底本的分册已合并为一书。收入:エタに対する圧迫の沿革、特殊部落の成立沿革を略叙してその解放に及ぶ、特殊部落の人口増殖、特殊部落の言語、特殊部落と通婚問題、特殊部落と寺院、特殊部落と細民部落・密集部落、沙門と屠児、来り人の地位と職業、遠州地方の足洗、エタと非人と普通人、エタ源流考、「特殊部落研究号」発行の辞、「特殊部落」と云う名称について、『切支丹と旧エタ』について、「エタ」名義考、編輯雑感。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,169 字 · 267 页

青空文庫

2 その一例としての京都旧六条部落の膨脹

享和四年はすなわち文化元年で、今より百十七年前であるが、その間に彼らは増加して五倍強に達しているのである。ことにこの高家川部落創設許可の際の約束書に、「隣村萩原村慶長年暦御検地の砌、皮田の者三人之由、此節にては多人数に相成、野山等苅込にて、本郷一統迷惑に及び」云々とあるのを見ると、慶長以来享和以前の二百年間にも、夥しい増加のあった事が察せられるのである。そしてかくの如きの例は他にも甚だ多い。

2 その一例としての京都旧六条部落の膨脹

部落民が劇甚なる増加率を以て増殖して来た過去の事歴は、全国を通じてほぼ同様で、もと非人と言われた部落が漸次凋落し、住民次第に分散して、蹟を普通民中に没してしまったのが多いのに反して、もとエタと言われた部落のみは、年とともに到る処に発展して、遂に今日の状態をなしているのである。

一概にエタ・非人と呼ばれたものの中について、往時両者の割合がどの位であったかは、今にしてもとよりこれを詳らかにする事が出来ぬ。しかしながら少くも京都に於いては、正徳五年の洛外エタの人数が僅かに二千〇六十四人に過ぎなかったのに対して、同年調べの非人の数は、実に八千五百〇六八に達し、殆ど四倍強の多きを有しておったのであった。