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エタにたいするあっぱくのえんかく
被差別部落とは何か
喜田 貞吉
喜田貞吉『被差別部落とは何か』。同一底本的分册已合并为一书。收入:エタに対する圧迫の沿革、特殊部落の成立沿革を略叙してその解放に及ぶ、特殊部落の人口増殖、特殊部落の言語、特殊部落と通婚問題、特殊部落と寺院、特殊部落と細民部落・密集部落、沙門と屠児、来り人の地位と職業、遠州地方の足洗、エタと非人と普通人、エタ源流考、「特殊部落研究号」発行の辞、「特殊部落」と云う名称について、『切支丹と旧エタ』について、「エタ」名義考、編輯雑感。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,169 字 · 267 页
8 エタと細工人
(中略)。かれが子孫多くなり、社々寺々の掃除の為に、山下に於て寺の残飯にて養ひ申候由、伊勢の間の山、高野に谷のもの、北野の宮地、祇園のつるめそう、叡山の犬神人、皆是寺方の掃除の為なり。
とあるのは、起原の説明としては勿論取るに足らぬが、エタが社寺の掃除を業とした実際は、これに由って知る事が出来る。かの東寺の散所法師の如き、またこの類の一つであったであろう。かくてそのキヨメ等が一体にエタと呼ばれる様になったのは、鎌倉時代以来の事であった。大永三年に鶴岡八幡宮の別当法眼良能から、山ノ内・藤沢の長吏に与えた文書にも、「八幡宮掃除下役、無二懈怠一可二相勤一。」とある。鶴岡八幡宮の掃除も、もとエタの任務であったのである。徳島藩でも、城の掃除は付近のエタが勤めていた。
8 エタと細工人
京都の天部部落がかつて四条河原大雲院の地におった時に、四条の河原細工と呼ばれた事は既に述べた通りである。エタの或る者が細工または細工人と呼ばれた事のあったのは疑いを容れぬ。若狭の三方郡細工村は、もとエタ村として認められていた。また福井県史の編纂に従事せられている牧野信之助君、同県史蹟調査委員たる上田三平君の報告によると、このほかにも若狭には、文永二年の若狭大田文にある細工保というのが、二箇所まで特殊部落となっているらしいとの事である。