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ろんごものがたり
論語物語
下村 湖人
「現代」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,688 字 · 266 页
しかし、顔を横にそむけたり、悄然と首垂れたりするのは、大夫にふさわしい姿勢ではなかったので、彼は門をくぐると、視線を屋根の上に注いで、真直に歩いた。
厨房の屋根と思われる辺から、黄色い煙が昇っているのが、彼の眼についた。彼はその煙を見ると、何ということなしに、竈を連想した。
ところで、彼が竈を連想したということは、彼にとって、何という幸運なことであったろう!
(占めた!)
と、彼は心の中で叫んだ。
天の啓示というのは、実際こんな場合のことをいうのかも知れない。彼は煙を見て竈を連想した瞬間、彼を現在の苦境から救い出すのにもっとも都合のいい一つの諺を、何の努力もなしに思い浮べることができたのである。その諺というのは、
「奥に媚びんよりは、寧ろ竈に媚びよ。」
というのであった。
奥というのは、室の西南隅で、中国の家で最高の祭祀を行う場所である。しかし特別な祭神というものはない。竈は、戸の神、土の神、門の神、道路の神と相並んで、五祀の一つをなす炊事飲食の神を祭る場所である。五祀は地位は低いが、それぞれに祭神があり、祭の内容も実質的である。これに反して奥は地位は高いが、特定の祭神もなく、五祀の祭典のあと、その尸を迎えて形式的な祭をなすに過ぎない。