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ろんごものがたり

論語物語

下村 湖人

「現代」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,688 字 · 266 页

青空文庫

孔子は、話を終ると、もう一度みんなの顔を念入りに見まわして、しきりに一人でうなずいた。そして、最後に、隅っこに小さくなって坐っている顔刻を見つけると、彼は急に笑顔になっていった。

「ほう、顔刻もまだ無事で結構じゃ。」

顔刻はいよいよ小さくなった。

「では、子路――」

と、孔子は、やはりにこにこしながら、子路を顧みた。

「また一緒に文王の楽でも始めようか。」

子路は、今まで汗が出るほど握りしめていた剣を、鞘ごと自分の前に突っ立てて、右手でそれを叩きながら、調子をとりはじめた。

二人の喉からは、やがて朗々たる歌声が流れ出した。他の門人たちは、しばらくそれに耳をすましていたが、間もなくそれに合せて、ある者は唄い、ある者は剣を叩いた。

門外の騒音と、屋内の旋律とは、かなり永い間、星空の下にもみ合っていたが、騒音は次第に旋律に圧せられて、小半時もたつと、匡の人々は、子守唄でも聞きながら、深い眠りに落ちて行くかのようであった。

翌日は、隊長をはじめ、匡の役人たちが五六名、礼を厚うして孔子に面会を求めた。

誰よりも生きかえったようになったのは、顔刻であった。しかし彼は、その日の出発に際して、どうしても孔子の車の御者台に乗ろうとはしなかった。