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ろんごものがたり

論語物語

下村 湖人

「現代」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,688 字 · 266 页

青空文庫

「渡場の方に行きたいのですが……」

と、子路は少し小腰をかがめながら、ふたたび訊ねた。

「あれは誰ですかい。あの車の上で手綱をとっているのは。」

子路は、自分の問には答えないで、済ましきって、そんな事をあべこべに訊ね出した相手の横着さに、腹が立ったが、つとめて丁寧に答えた。

「あれは孔丘という方です。」

「孔丘というと、魯の孔丘のことですかい。」

「そうです。」

「じゃあ、渡場ぐらい知っていそうなものだ。年がら年中、方々うろついている男だもの。」

そう云って、長沮は、すぐ腰をこごめて鍬を動かしはじめた。そして、それっきり子路が何をいっても、唖のように默ってしまった。

子路は呆気にとられた。

この間、もう一人の農夫――これは桀溺というずんぐりとした男だった――は、あたりに何が起っているのか、まるで知らないかのような風をして、耕された土に、せっせと種を蒔いていた。子路は、長沮に比べると、この方が少しは人が善さそうだと思った。で、その方に近づいて行って、もう一度渡場に行く路を訊ねた。

「何、渡場じゃと……」

桀溺は顔も上げないで答えた。

「ええ、渡場に行くんですが、右に行ったものでしょうか、それとも左に……」