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ろんごものがたり

論語物語

下村 湖人

「現代」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,688 字 · 266 页

青空文庫

もっと志を遠大に持つがいい。」

子貢も默りこんでしまった。孔子は子貢から目を放して、あたりを探すように見廻していたが、

「顔回、――顔回はいないかの。」

顔回はすぐ孔子のうしろにいた。ふだん丈夫でない彼は、五日間の野宿で、誰よりも弱っているはすであったが、態度はいつもの通りきちんとしていた。そろそろと白みかけた空の光をうけて、彼の顔は、ほとんど死人のように青ざめて見えた。しかしその両眼には、涼しげな光が漂うていた。彼は孔子の声に応じて立上ると、子貢のすぐそばまで歩いて来て、孔子に一揖した。その姿は青蘆が風にそよいでいるように思われた。孔子は彼にじっと視線をそそぎながら云った。

「詩に、※(「凹/儿」、第3水準1-14-49)に匪ず虎に匪ず、彼の曠野に率う、とあるが、今のわしは野獣と少しも択ぶところがない。どうじゃ、わしの道が誤っているとは思わないかの。」

「私の考えでは――」と、顔回は立ったままで答えはじめた。孔子は手を振って、

「立ったままでは疲れる。ゆっくり坐って答えるがいい。」

顔回は腰を下した。しかもその姿勢はあくまでも端然としていた。彼は孔子の膝のあたりに視線をおとしながら、言葉をつづけた。