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ろんごものがたり
論語物語
下村 湖人
「現代」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,688 字 · 266 页
実に多能だ、と申して居りました。」
「ふむ。で、その時、お前は何と答えた?」
「先生は天の心に叶った大徳をお具えになっている、その意味で固より聖人とも云える方である。また、無論多能でもあられる、と、そんな風に答えて置きました。私は、聖人と多芸多能とは全く別の事だと考えたのです。」
「ふむ。しかし、大宰がわしを多能じゃといったのは当っている。今いったとおり、若い頃にせっぱつまって、いろいろの仕事を覚えたのでな。じゃが、大宰には君子の志はわかっていない。多能は君子の道ではないのじゃ。君子の道はそんな事の外にある。」
孔子は聖人といわれたことについては何ともいわなかった。子貢は、しかし、自分の大宰に対して答えたことが決して間違いでなかったという確信を得て、嬉しそうだった。
「先生は、世に用いられなかったために、諸芸に習熟したと、いつぞや子張に仰しゃったそうですが……」
と、一人の若い門人がいった。
「そうじゃ、用いられないと、貧乏はするし、閑はあるし、ついいろいろの事を覚えてしまうものじゃ。それは何もわしの若いころに限ったことではない。じゃが、十五の時から、わしは学問の本筋を忘れて、わき道にそれたことはないつもりじゃ。