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ろんごものがたり

論語物語

下村 湖人

「現代」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,688 字 · 266 页

青空文庫

だが、小人と異るところは、窮しても濫れないことだ。」(陳蔡の野参照)

と。そうだ、どんな場合にも濫れない人であってこそ、真に徳行の人ということが出来るのだ。しかし、その力はどこから出て来るのか。――

(また、いつだったか、先生は、

「2大軍の主将といえども、生擒にされないことはない。しかし、微々たる田夫野人でも、その操守を奪い取ることは出来ない。」

と云われた。何というすばらしい言葉だろう。病気ぐらいでとりみだしている自分の心が恥かしい。しかし、その堅固な操守の根本の力となるものは何だ。自分にはそれがわからないのだ。自分はこれまで、そうした根本的なものを掴むことを怠って、ただ先生や先輩の言動だけを、形式的に真似ていたに過ぎなかったのではなかったか。――)

こうした反省をつづけている間の彼は、さほど不幸ではなかった。考えの解決はつかなくても、やはり彼の心には、人間らしいある明るさがあった。少くとも、その間だけは、腐爛して行く自分の肉体を忘れることが出来た。しかし、からだを動かした拍子に、痛みで皮膚の感覚が、眼をさますと、彼はすぐ自分の手を見つめた。それから、その手をそっと顔にあてて、指先で、用心ぶかく眉や鼻のあたりを探った。