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なぞのおんな

謎の女

平林 初之輔

「新青年 第一三巻第一号」1932(昭和7)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,077 字 · 18 页

青空文庫

「でも、これくらい口もきかない夫婦だってあるでしょう?」

「そりゃないこともないですけれど……」

龍之介は返事に困った。

彼女は、手を伸ばして犬の頸をなでていた。彼女の顔は、しばらくのうちに見違えるように明るくなっていた。

「貴方、あたしお願いがあるんですけれど、きいて下さらない?」彼女は躊躇しながら、下をむいたままで言った。

「僕にできることなら何でもしますよ」

龍之介は若い婦人から物を頼まれたことに、嬉しさを感じながら言った。

「どんな失礼なお願いでもゆるして下さる?」

「かまいませんとも、何ですか?」

「貴方まだ当分こちらにご逗留でいらっしゃいますか?」

「ええ、まだ十日ばかりいるつもりです」

「こちらでなくちゃいけないんでしょうか?」

「そんなこともないんです。ただ急ぎの仕事なんで、とうぶん居場所を人に知られたくないんです」

「そうでしたらなおさら都合がいいんですわ。あたし、妙なお願いなんですけれど貴方の奥さんにして、どっかへつれてって下さらない? ちっともお邪魔にはならないようにしますわ。あたしのことを何にもきかないで、ただ貴方がどこかにご滞在中だけ貴方の奥さんという名前にして下さればよいのですけれど……」