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なぞのおんな

謎の女

平林 初之輔

「新青年 第一三巻第一号」1932(昭和7)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,077 字 · 18 页

青空文庫

四

というのは彼自身、自分の職業を忘れていたからだ。そして、自分の職業を思い出すと、こいつことによると報道価値のある材料じゃないかなという考えが同時に頭に浮かんできた。秘密を売ることは新聞記者にとっては不徳義ではないんだ。そして新聞記者としての自覚をもって秘密をさぐろうと思ったら、相手はたかが一婦人だ。どんな秘密だって探れないことはない。だが――と彼は思った――相手は、自分の職業を知っていて、自分にあんなことを頼んできたんだ。してみると人間として相手の信頼に報いる義務がある。しかし――彼の心のうちで、職業意識と人道意識とがはげしく争闘をはじめた。

四

女はかすかに笑いながら言った。

「ええ、新聞記者の方は、どんなにご自分では秘密を守ろうと思っていらっしゃっても、つい職業意識にまけてしまうもんですわ。また新聞記者はそうでなくちゃいけないんですもの――」

「じゃ、僕は何もおたずねしないことにしましょう。そして、貴女の仰言るとおりにしましょう。しかし、夫婦になるって、一体どんな風にするんですか?」

龍之介はまだ職業意識をぜんぜん放棄したわけではなかった。だが虎穴に入らずんば虎児を得ずという一かばちかの気持ちで、降って湧いた奇妙なアバンチュールに身をもってあたってみることにした。