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まけないおとこ

負けない男

佐々木 邦

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1930(昭和5)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 98,799 字 · 202 页

青空文庫

「先生」

「何だい?」

「僕は恒産に囚われていません」

「いや、囚われている」

「…………」

「就職以来、君は俸給丈けで生活して来たかい?」

「さあ」

「若し囚われていないと思うようなら、自己を欺いている」

「就職後当分は誰にしても補助を仰ぐんですから程度の問題でしょう」

「程度問題を持ち出すようじゃ駄目だよ」

「しかし……」

「我輩と議論をする気か?」

「いや、決して」

「君は何んな意味に於ても自分を特別誂えの人間と思っちゃいけない」

「はあ」

「当り前の人間の積りでやり給え」

「はあ」

「天分だの天職だのってことは初めから分るものじゃないんだから、有りついた仕事を一生懸命でやる外に仕方がない。天分が向いていれば何うにかなる」

「向いていなかったら、何うでしょうか?」

「食って行く丈けさ」

「成程」

「しかし一生懸命でやっている中に大抵向いて来るよ。硝子会社に十年もいて見給え。頭の中が硝子ばかりになって、学問も何も忘れてしまう」

「ハッハヽヽ」

「人間は商売上片輪にならなければいけない」

「はあ」

「君は郷里の中学校にいた竹内先生を知っているだろう?」

「はあ。あの先生には一年の時国文を習いました」