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まけないおとこ

負けない男

佐々木 邦

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1930(昭和5)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 98,799 字 · 202 页

青空文庫

「未だ何かあったね。斯うっと。無意識不明か? 無意識不明を欠くだ」

「ハッハヽヽ」

「近来の傑作だって、亀田さんが腹を抱えて笑ったぜ」

「忙しいからもう失敬するよ」

と西田君は逃げて行った。

新聞記者にはペンの辷というものがある。時間と競争でやる仕事だから、推敲の遑がない。時折飛んでもないヨタを書いてしまう。無意識不明を欠くなぞと念を入れるのも決して頭が悪いのではない。つい筆先が辷って間違うのである。社会部長の亀田さんは家の夕刊を余所のと見較べて遜色があるとよく寝られないくらいの熱心家だから、このヨタをやかましく言う。秀逸と認めると切り抜いて帳面へ貼る。これをヨタ帳と称して、屡掲載の栄を得たものは昇級に影響する。

「堀尾君、日比谷公園で熊が猿を食ったそうだから、直ぐ行って見て来てくれ給え」

と亀田さんが命じたのは、それから数日後の夕刻だった。堀尾君は公園へ急いだ。しかしもう事件が終った後だったから、係の人を探して聞き取る外仕方がなかった。

「猿の子の死骸は何処にありますか?」

「骨も残さず喰べてしまったんです」

「ひどい奴ですな」

「いつも仲よく遊んでいますから、つい安心し過ぎました」