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まけないおとこ

負けない男

佐々木 邦

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1930(昭和5)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 98,799 字 · 202 页

青空文庫

「君さ」

「僕か? しかし僕は迷っているんだ」

「何うして?」

「今こゝに硝子製造会社の口があるとする。元来硝子というものに興味を持ったことのない僕が、行き当りばったり、死物狂いになって採用されようと努力すべきものだろうか?」

「又始めたね」

「しかし……」

と言って、正晴君は道子さんの気色を窺った。道子さんは睨んでいた。

「いつ来る? 鞆へは」

と奥田君が訊いた。汽車が動くので落ちつかない。話は飛び飛びだ。

「君の方の都合次第さ」

「僕の方はいつでも宜い」

「それじゃ成るべく早く行く」

「立つ前に知らせてくれ給えよ」

「うむ」

と正晴君は頷いて道子さんを見た。今度は笑っていた。

食堂車から席へ戻る途中、

「堀尾さん」

と道子さんが後ろから呼んだ。

「はあ」

「早く来て頂戴よ」

「はあ」

「直ぐでも宜いわ」

「しかしお帰り早々は取り込んでいるでしょう」

「取り込んでいる方が宜いわ」

「何故ですか?」

「兄さんが忙しくて」

「火事泥ですか」

「オホヽ」

「承知しました」

「それから口の方のことね」

「はあ?」

「就職の方よ」

「はあ」

「…………」

「就職の方が何ですか?」

と正晴君は立ち止まったが、殿後の奥田君がもう追いついていた。